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宮崎地方裁判所 平成3年(行ウ)4号 判決

原告

林好美

外二七名

右訴訟代理人弁護士

成見正毅

成見幸子

後藤好成

中島多津雄

西田隆二

吉田孝夫

真早流踏雄

岡村正淳

被告

宮崎県中部農林振興局長

長友士郎

右訴訟代理人弁護士

伴喬之輔

右被告指定代理人

菊川秀子

外一三名

主文

一  原告福留實、同図師サエノの各請求をいずれも棄却する。

二  その余の原告らの各訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、平成三年一月三〇日、フェニックスリゾート株式会社(以下「フェニックスリゾート」という。)に対してした、宮崎市山崎町字浜山及び同市阿波岐原町字前浜所在の潮害防備保安林(以下「保安林」ということがある。)61.1549ヘクタール(別紙図面(一)「保安林解除予定区域図」に記載の部分。以下「本件解除予定保安林」という。)における土石若しくは樹根の採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為の許可処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、主に宮崎市内に居住する原告らが提起した行政処分取消請求事件である。原告らが取消しを求めるのは、被告が、平成三年一月三〇日、森林法(以下「法」ということがある。)三四条二項に基づき、フェニックスリゾートに対し、宮崎市山崎町字浜山及び同市阿波岐原町字前浜所在の潮害防備保安林に指定された国有林148.9272ヘクタール(以下「本件保安林」という。)のうちの61.1549ヘクタールにおいて、地上四三階建ての超高層ホテル、ウォーターパークという名称の開閉ドーム式屋内プール、一八ホールのゴルフ場、テニスコート等の大規模総合リゾート公園施設「シーガイア」(以下「シーガイア」という。)を建設するため、立木の損傷、立竹の伐採及び土地の形質を変更する行為(以下「本件形質変更行為」という。)を行うことを許可した処分(以下「本件許可処分」という。)である。

二  原告らは、本件保安林は、法二五条一項五号により保安林に指定されており、同法三四条五項によれば、被告は、本件形質変更行為が本件解除予定保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすと認められる場合には本件許可処分をすることはできないが、本件形質変更行為は、シーガイアの建設のため、本件解除予定保安林に成育する約一〇万本に及ぶ松林を伐採するものであり、本件解除予定保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすものであることは明らかであるから、本件許可処分は、同法三四条五項に違反する違法な処分であって、取り消されるべきであると主張している。

三  これに対し、被告は、本案前の主張として、原告らは、本件許可処分の取消しを求める法律上の利益を有しておらず、原告らには本件取消訴訟の原告適格がないと主張するほか、本案についても原告の主張を争っている。

第三  争いのない事実並びに乙第三ないし六号証、第七号証の一・二、第八、第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一ないし第一三号証、第一四号証の一ないし一〇、第一五ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし一〇、第二一ないし第二五号証、第二六号証の一ないし三、第二七ないし第二九号証の各一・二、第三〇号証、第三一号証の一ないし六、第三二ないし第三四号証、第四八号証の一ないし六、第四九、第五〇号証の各一・二及び弁論の全趣旨により認められる事実

一  当事者等

1  原告らは、宮崎県東諸県郡綾町に在住の一名を除いて、本件保安林西方の後背地周辺の宮崎市阿波岐原町、同市山崎町及び本件保安林の南ないし南東方面の同市内に居住する住民であり、同市内に居住する原告らの個々の位置関係は、原告早川ミホを除いて、別紙図面(二)の「現住所及び事業区域との距離」と題する一覧表記載の原告番号を同図面記載の地図に記入したとおりである(原告番号9、同10、同11、同30は欠番である。)。

2  被告は、地方自治法一五三条、宮崎県事務委任規則(昭和四〇年三月二六日規則第一〇号)二条一項、別表の農林振興局長の欄の五の8により、宮崎県知事の法三四条一項及び二項の規定による伐採その他の行為の許可の権限の委任を受けた者である。

3  フェニックスリゾートは、宮崎市の大淀川河口付近から宮崎郡佐土原町の石崎川河口付近に至る海岸沿いのいわゆる一ツ葉地区におけるリゾート開発等を目的として、宮崎県、宮崎市及びフェニックス国際観光株式会社ほか民間企業一〇社の共同出資により、昭和六三年一二月二七日に設立された、いわゆる第三セクターの株式会社である。

4  本件保安林は、一ツ葉地区に位置し、東方を日向灘に面する、宮崎市阿波岐原町字前浜国有林及び同市山崎町字浜山国有林であるクロマツ林の一部148.9272ヘクタールであり、防潮機能、すなわち、潮風及び潮水による被害を防備する機能を有するものとして、法二五条一項五号に基づき、潮害防備保安林に指定されている。本件解除予定保安林は、本件保安林のうちの61.1549ヘクタールの部分である。

二  本件許可処分に至る経緯

1  宮崎県は、昭和四〇年代には「新婚旅行のメッカ」といわれ、全国から多くの観光客が集まり、観光関連産業は、宮崎県の産業の柱となっていたが、沖繩の本土復帰や海外旅行ブームなどにより、昭和五〇年代以降宮崎県の観光客は減少し、観光関連産業は低迷するようになった。そこで、宮崎県は、昭和五八年三月に「亜熱帯性ベルトパーク実施構想」を策定し、宮崎・日南海岸一帯に海洋性リゾートを中心とした総合的な観光レクリエーション地域を形成するなどして、県全体の地域振興を図るなどの計画を進めていたところ、昭和六二年六月、総合保養地域整備法(以下「リゾート法」という。)が施行されたことから、宮崎県は、右「亜熱帯性ベルトパーク実施構想」をさらに発展させ、「宮崎・日南海岸総合保養地域の整備に関する基本構想」を策定し、昭和六三年七月九日、リゾート法五条に基づく主務大臣の承認を受けた。宮崎県は、一ツ葉地区を右「宮崎・日南海岸総合保養地域の整備に関する基本構想」における重点整備地区の一つとし、同地区におけるリゾート開発の中心的事業としてシーガイアを建設することとして、昭和六三年一二月二七日、シーガイアの建設及び運営を目的として、フェニックスリゾートが設立された。

2  フェニックスリゾートは、平成二年二月五日、宮崎県知事(以下「知事」という。)に対し、都市計画法五九条四項に基づき、都市計画事業として宮崎広域都市計画公園事業の認可の申請をするとともに、右事業の実施に必要な本件解除予定保安林について保安林の指定の解除申請をするよう求めた。これを受けて、知事は、右保安林の指定の解除について熊本営林局長に照会し、解除に異議がない旨の回答を得た上、同年三月六日、農林水産大臣に対して、都市計画公園事業用地とするため、法二六条二項、法二七条一項に基づき、本件解除予定保安林につき保安林の指定の解除の申請をした。農林水産大臣は、同年四月一八日、法二九条に基づき、知事に対し、本件解除予定保安林についての保安林の指定の解除の予定通知をし、知事は、同月一八日、フェニックスリゾートに対し前記都市計画事業を認可すると共に、同月二四日、法三〇条に基づき、宮崎県告示第四九一号及び同四九二号をもって右解除予定通知の告示を行った。

以上のような経緯で、フェニックスリゾートは、平成三年一月一四日、被告に対し、本件許可処分の申請をし、被告は、同月三〇日、本件許可処分を行った。

三  本件許可処分の内容

本件許可処分は、本件解除予定保安林において、ゴルフ場、リゾートホテルおよび付帯ホール、情報センター、アプローチ園路、システムモール及び駐車場、コンベンションホール及び付帯展示場、ウォーターパーク、ショッピングモール、テニスコート、コテージ及びコンドミニアムをシーガイアの事業用施設として設置するための作業を行うことを許可したものである。

四  森林法における保安林指定制度の概要

(一)  森林法の趣旨・目的

森林法は、森林計画、保安林その他森林に関する基本的事項を定めて、森林の保続培養と森林生産力の増進を図ろうというものであり、その究極の目的は、国土の保全と国民経済の発展に資することである(法一条)。

農林水産大臣は、水源かん養、風害・水害・潮害・干害・雪害又は露害の防備等の目的を達成するため必要があるときは、原則として、森林を保安林として指定することができる(法二五条一項)。農林水産大臣は、保安林について、その指定の理由が消滅したときは、遅滞なくその部分につき保安林の指定の解除をしなければならず(法二六条一項)、農林水産大臣は、公益上の理由により必要が生じたときは、その部分につき保安林の指定を解除することができる(法二六条二項)。

(二)  保安林の指定又は解除の手続

保安林の指定若しくは解除に利害関係を有する地方公共団体の長又はその指定若しくは解除に直接の利害関係を有する者は、都道府県知事を経由して、農林水産大臣に対し、当該森林を保安林として指定し又は保安林の指定を解除すべき旨を書面により申請することができる(法二七条)。農林水産大臣は、職権又は申請により保安林の指定又は解除をしようとするときは、保安林指定予定森林又は解除予定保安林について所定事項を都道府県知事に通知しなければならない(法二九条)。都道府県知事は、右通知の内容を告示し、かつ、森林所有者等に通知しなければならない(法三〇条)。右の告示があった場合、前記利害関係者は、告示の内容に異議があるときは、都道府県知事を経由して、農林水産大臣に対し、意見書を提出することができる。意見書の提出があると、農林水産大臣は公開による聴聞を行う。保安林の指定又は解除は、前記告示の日から四〇日を経過した後(意見書の提出があったときには聴聞の後)でなければ、これを行うことはできない(法三二条)。

(三)  保安林における立木の伐採・形質変更行為の制限

法三四条一項は、保安林においては、同項但し書の場合を除き、政令の定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければ、立木を伐採してはならないと規定し、法三四条三項及び四項は、右立木の伐採の許可の要件等を規定している。法三四条二項は、同項但し書の場合を除き、保安林においては、都道府県知事の許可を受けなければ、立竹を伐採し、立木を損傷し、家畜を放牧し、下草、落葉若しくは落枝を採取し、又は土石若しくは樹根の採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為(以下「形質変更行為」と総称する。)をしてはならないと規定し、法三四条五項は、都道府県知事は、同条二項の許可の申請があった場合には、その申請に係る行為がその保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすと認められる場合を除き、これを許可しなければならないと規定している。

第四  争点

一  原告適格について

1  原告の主張

行政処分取消訴訟における原告適格についての法律論として、いわゆる法律上保護された利益説は妥当でなく、法律上の保護に値する利益説によって原告適格の有無を判断すべきである。仮に、法律上保護された利益説によるとしても、保安林は、一般的公益を保護するのみならず、それに解消されない周辺住民の個々的な権利・利益をも保護するものであるから、保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者は、保安林の指定又は解除の処分の取消訴訟につき原告適格を有すると解すべきである。本件許可処分は、直接的には本件解除予定保安林における形質変更行為を許可するもので、保安林の指定の解除ではないものの、本件形質変更行為は、本件解除予定保安林内の樹木を伐採してシーガイアを建設するものであり、本件解除予定保安林について保安林の指定の解除がされたのと同様の結果をもたらすものであるから、本件における原告適格の有無は、保安林の指定の解除の場合と同様に解すべきである。原告らは、本件解除予定保安林についての保安林の指定の解除に直接の利害関係を有するから、本件許可処分によって原告らが侵害される利益は、単なる事実上の利益ないし反射的利益ではなく、法律上保護された利益である。したがって、原告らは本件訴訟の原告適格を有する。

2  被告の主張

原告適格の有無は、法律上保護に値する利益説ではなく、法律上保護された利益説によって判断されるべきである。そして、保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者が当該保安林の指定又は解除の処分の取消訴訟につき原告適格を有するとしても、本件許可処分は、本件解除予定保安林における形質変更行為を許可するもので、本件解除予定保安林についての保安林の指定の解除ではないから、原告らは、本件許可処分の取消しを求める法律上の利益を有しない。

二  本案(本件形質変更行為が本件解除予定保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすか否か)について

1  原告の主張

(一) 本保安林の潮害防備保安林としての存在価値及び機能は、本件保安林内に密生している樹齢数一〇年から二〇〇年に及ぶ大量の松林群の存在に支えられている。本件形質変更行為は、本件解除予定保安林を作業区域として、約一〇万本に及ぶ松立木を伐採した上で、シーガイアを建設するものであり、ゴルフ場となる部分など広大な裸地が残され、あるいは屋内プールやホテルが建設されるものであって、これらの伐採される松林が果たし、又果たすことを期待されていた潮害防備保安林としての機能を破壊し、あるいは著しく低下せしめ、本件解除予定保安林の目的の達成に著しい障害を与える結果となるものである。

〈以下省略〉

2  被告の主張

〈中略〉

本件形質変更行為による本件保安林の松林の一部の伐採は、保安林による津波のエネルギーの減少に関する理論式を用いた検討等によると、本件保安林とその東側に存在する県有保安林(以下「本件県有保安林」という。)及び防潮堤の役目を果たす一ツ葉有料道路という名称の自動車専用道路(以下「一ツ葉有料道路」という。)を全体としてみた場合には、保安林の潮害防備機能にほとんど影響はないと判断され、本件解除予定保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすものではない。

第五  争点に対する判断

一  原告適格について

1  保安林の解除処分の取消訴訟の原告適格について

法二五条一項の保安林の指定処分については、保安林として指定された当該森林における立木の伐採、立竹の伐採等の形質変更行為が原則として禁止され(法三四条一項及び二項)、当該森林の所有者等が立木の伐採跡地につき植栽義務を負う(法三四条の二)など、種々の制限が課せられるほか、違反者に対する都道府県知事の監督処分(法三八条)や、罰則(法二〇六条三号ないし五号、二〇九条等)が規定されている。これらの規定の趣旨は、森林所有者等の保安林指定処分の直接の名宛人に対して私権の制限を伴う不利益処分を課すことにより、当該森林を保安林として存続させ、周辺住民その他の不特定多数者が受ける生活上の利益を公益として保護するものである。したがって、保安林の指定処分は、一般的公益の保護を主たる目的とする処分であることは明らかであるけれども、他方、法は、ある森林につき利害関係を有する地方公共団体の長のほかに、保安林の指定につき直接の利害関係を有する者において、当該森林を保安林として指定すべき旨を農林水産大臣に申請することができるものとし(法二七条一項)、また、農林水産大臣が保安林の指定を解除しようとする場合に、右の直接の利害関係を有する者がこれに異議があるときは、意見書を提出し、公開の聴聞手続に参加することができるものとしている(法三〇条、三二条)。これらの規定と旧法(明治四〇年法律第四三号)二四条において、直接の利害関係を有する者に対して保安林の指定及び解除の処分に対する訴願及び行政訴訟の提起が認められていた沿革をあわせ考えると、法は、森林の存続によって不特定多数者の受ける生活利益のうち一定範囲のものを公益と並んで保護すべき個別的利益としてとらえ、かかる利益の帰属者に対し、保安林の指定につき直接の利害関係を有する者としてその利益主張をすることができる地位を法律上付与していると解するのが相当であって、このような直接の利害関係を有する者は、右解除処分に対する取消訴訟の原告適格を有するものということができる(最高裁判所第一小法廷昭和五七年九月九日判決・民集三六巻九号一六七九頁参照)。

2 保安林における形質変更行為許可処分の取消訴訟の原告適格について

法三四条二項の保安林における形質変更行為の許可処分については、保安林の指定又は解除についてのような、直接の利害関係を有する者についての意見書の提出や公開の聴聞手続への参加を認める規定は存在しない。しかし、同法三四条二項が、保安林においては都道府県知事の許可を受けなければ形質変更行為をしてはならないと規定し、法三四条五項が、右許可の申請があったときは、その申請にかかる行為がその保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすと認められる場合を除き、これを許可しなければならないと規定している趣旨は、保安林における形質変更行為を原則的に禁止することによって、当該保安林の指定の目的の達成を図ろうとしたものであると解される。ところで、前記のとおり、保安林の指定の目的は、一般的公益及び当該保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者の個別的利益を保護することにあるから、結局、法三四条二項及び五項は、形質変更行為を原則的に禁止することによって、保安林の指定によって守られた利益、すなわち一般的公益及び当該保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者の個別的利益の保護の達成を図ろうとするものと解される。したがって、法三四条二項及び五項は、ある保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者の個別的利益を法律上保護しているものといえ、それらの者は、当該保安林における法三四条二項の形質変更行為の許可処分の取消しを求める法律上の利益を有し、当該許可処分の取消訴訟についての原告適格を有する。

3 原告らが本件解除予定保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者に該当するかについて

(一) 本件解除予定保安林を含む本件保安林は潮害防備保安林であり、その後背地周辺を初めとする相当に広範囲な地域を、津波、高潮、塩害及び潮風害から守るためのものであって、本件解除予定保安林の面積が本件保安林の面積の約四一パーセントであることからすると、本件解除予定保安林の指定又は解除に利害関係を有する者、すなわち、本件解除予定保安林が防備の対象としている者も、ある程度広範囲に存在すると考えられるが、これらの者の利益は、原則として、一般的公益として保護されているに過ぎないのであり、本件解除予定保安林の指定によって個別的利益を守られているのは、本件解除予定保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者、すなわち、本件解除予定保安林が直接防備の対象としている者に限られる。そして、具体的にいかなる者が右の要件に該当するかの判断にあたっては、本件保安林及びこれと一体をなす他の森林の面積、形状、位置関係と、原告らの居住地(原告らは、原告適格を有する根拠として生命、身体、財産権に対する侵害のおそれを主張しており、財産権の侵害のおそれのみを主張している者はいないから、原告らにつき原告適格の有無を判断するについては、その居住地を基準とすれば足りる。)の海岸線又は本件保安林の陸側の林縁からの距離関係、本件保安林又は原告らの居住地の周辺の地形や土地利用状況、過去の主要な災害とその被害状況を基礎として、社会通念に照らして合理的に判断すべきである。

(二) 本件保安林及び本件県有保安林の面積、形状、位置関係、本件保安林周辺の地形及び本件保安林と原告らの居住地との位置関係等について

前記第三の事実に乙第二四、第二五号証、第四九、第五〇号証の各一、第五八号証の一ないし三、第五九号証の一及び二、第六八及び第七三号証、羽鳥徳太郎の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

本件保安林の存在する宮崎平野は、緩やかな勾配を有する遠浅の大陸棚が陸地化した平坦な地形が広範囲に広がり、東側を日向灘に面し、北側に向かってやや東側に傾斜するもののほぼ南北方向に直線状に延びた海岸線を有している。一ツ葉地区においては、クロマツを主体とした森林が海岸沿いに南北に延びており、本件保安林の存在する付近については、海岸に近い東側に県有林、西側に国有林が位置している。本件保安林は、潮害からの防備を目的とし、幅約二五〇メートルないし六〇〇メートル、延長約3.5キロメートル、面積148.9272ヘクタールであり、明治三〇年一二月二八日に保安林として指定された。本件解除予定保安林は、本件保安林の中に存在する二〇個を超える解除予定部分からなり、合計面積は61.1549ヘクタールである。右県有林の面積は、120.4167ヘクタールであり、そのうち68.2890ヘクタールが本件県有保安林であって、その指定年月日は昭和八年一一月一八日である。本件県有保安林の海岸に近接した付近内には、一ツ葉有料道路が、ほぼ海岸線に沿って直線状に延びている。以上の具体的位置関係は別紙図面(三)のとおりである。

前述のとおり、原告らの居住地は、東諸県郡に居住する一名を除いて、本件保安林西方の後背地周辺及び本件保安林の南ないし南東方面の宮崎市内に存在し、個々の位置は別紙図面(二)のとおりである。

(三) 宮崎県における過去の津波等の被害について(甲第五、第一七号証、乙第四一号証)

日向灘では、一〇年に一回程度の割合でマグニチュード七を超える地震が発生し、この場合には、ほぼ例外なく津波が発生している。宮崎県の海岸から沖合へ約五〇キロメートル付近の地点(水深約一〇〇〇メートル)は、地震の頻発地帯である。近年における宮崎県内の津波による被害は比較的軽微であり、昭和一六年の宮崎県沖地震により船舶が転覆、昭和二一年の紀伊半島沖地震により家屋半壊三棟、浸水家屋約一一〇〇棟、昭和二七年のカムチャッカ沖地震により浸水家屋約三〇〇棟、昭和四三年の宮崎県沖地震により漁業被害があった程度である。しかし、歴史的には、津波によって大災害が生じたこともあり、寛文二年(一六六二年)発生の地震による津波では、現在の宮崎市南部の被害が特に大きく、多数の水田が水没し、一五人が溺死したとの記録がある。

(四) 保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者の意義に関する行政庁の取扱い等について(甲第二八号証、乙第一四号証の二、第二〇号証の二、第三五、第六七号証)

本件保安林指定の解除の可否について検討した技師は、平成二年二月二六日に作成した保安林解除調書において、本件保安林の受益対象として宮崎市山崎町の七〇一世帯、同市阿波岐原町の八四七世帯と記載している。本件保安林内に植栽されているクロマツの平均樹高は一〇メートル程度であり、右保安林はほぼ成林しているとみることができる。平成三年六月二〇日付けで林野庁治山課長から各都道府県林務担当部長あて発せられた「保安林の指定又は解除等に係る直接の利害関係を有する者について」と題する書面では、「保安林の解除により現に受けている利益を直接侵害され、若しくは害されるおそれのある者」とは、潮害防備保安林における塩害の防止については、解除予定保安林の保安林全体の林帯方向における両端を通り、林帯方向に対して直角に交わる直線が、保安林全体の林縁と交わる点を林縁点としたときに、この点から解除予定保安林が成林したときに達する平均樹高の二五倍の水平距離内に正当な財産権等を有するものと定めている。そして、右通知書記載の基準を本件にあてはめてみると、本件においては、解除予定部分が多数存在するため、厳密には各解除予定部分ごとに検討する必要があるが、ほぼ次のようにいうことができる。すなわち、事業区域(その西側線は本件保安林の西側線に概略一致する。)の西側で、かつ、事業区域の西側線上の各点から直線距離にして二五〇メートル以内に正当な財産権等を有している者は、前記基準による直接の利害関係を有する者となる。ただし、右は潮害のうちの塩害のみに関する基準である。

(五)  以上の事実を総合して考慮すると、本件において、潮害を直接受けるおそれのある者として原告適格を有する者は、本件保安林の南端及び北端の各林縁を通り、海岸線に垂直に交わる線によって挾まれ、かつ本件保安林の外周から直線距離にして一キロメートル以内の地区に居住している者と解するのが相当である。そうすると、原告適格を有するのは、原告福留實及び同図師サエノのみであり、その余の原告らは、本件保安林の指定又は解除に直接の利害関係を持たず、したがって、本件訴訟の原告適格を有するとは認められない。

二  本案について

1  本件許可処分の適否

本件許可処分の適否は、それが法三四条五項の要件に該当するか否か、換言すれば、本件形質変更行為が本件解除予定保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすかどうかによって決せられることとなる。なお、被告は、林野庁長官通達(昭和四五年六月二日付け四五林野治第九二一号及び昭和四九年一〇月三一日付け四九林野治第二五二七号。これらの通達は、平成二年六月一一日付け林野治第一八六八号により改正、廃止されているが、本件につき農林水産大臣による解除予定通知がされた平成二年四月一八日当時においては、前記通達が効力を有していた。)を根拠として、解除予定保安林において、代替施設を設置するために形質変更行為を行うことは保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすことはあり得ないこと及び解除予定保安林について行われる代替施設設置のための作業については、その代替施設が森林法施行規則一七条二項二号の代替施設設置計画書の内容に従うものである限り、知事は法三四条二項の許可をする義務があることを主張している。

しかし、まず、前段の主張については、本件においては、そもそも、保安林の転用に係る解除を法は認めているのか、認めるとした場合いかなる規定によるのか、法二六条の保安林の指定の解除、法三四条二項の保安林における形質変更行為の許可の各規定の相互関係はどのように理解されるのかがまず問題にされなければならないのであり、行政庁内部の統一的運用基準にすぎない通達を根拠として、保安林における代替施設設置のための作業は、当該保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすことはあり得ないなどということはできない。次に、後段の主張については、被告がその主張の根拠とする林野庁長官通達の記載にしても、被告主張の場合には都道府県知事に法三四条二項の許可義務がある旨を定めたものと解することはできない。仮に、被告主張のとおりであるとすれば、代替施設の設置を前提として農林水産大臣によって解除予定とされた保安林については、知事による法三四条二項の許可の際の審査内容は、形質変更行為が農林水産大臣に対する解除申請時に審査された代替施設設置計画書と同一であるかどうかの点のみとなるが、法や森林法施行令、森林法施行規則のいずれにもそのような規定は存在しない(森林法施行規則一七条は、保安林につき転用目的でその解除の申請を行おうとする者は、代替施設の設置に関する計画書を農林水産大臣に提出しなければならない旨を定めているが、それ以上の意味を有するものではない。)。このように、森林法等に知事の審査権限を制限する旨の定めがない以上、行政庁内部の統一的運用基準にすぎない通達によって右審査権限を限定することはできず、被告の前記主張は採用できない。

2 法三四条二項、五項が予定している形質変更行為の内容

法三四条五項は、同条二項の許可の申請があった場合には、その申請に係る行為がその保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすと認められる場合を除き、これを許可しなければならないと規定しているところ、当該行為が保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすか否かは、原則的には、当該行為の内容、保安林の状況等からみて、当該行為がされた場合、その対象地域が森林としての状態を保持することができるかという観点から判断すべきものである(なお、同条五項は、その申請に係る行為がその保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすと認められる場合を除き、これを許可しなければならないと規定しているのであるが、当該許可処分は、保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者にとっては侵害処分であるから、同条五項の規定の文言にもかかわらず、形質変更行為の許可処分の取消訴訟においては、被告において、当該形質変更行為が保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼさないことを主張・立証すべき責任を負うと解される。)。

ところで、保安林における立木の伐採後の植栽義務等が規定されている(法三四条の二)ことからすると、立木の伐採(法三四条一項)や形質変更行為(法三四条二項)は、その後に保安林を元のとおりの森林に復帰させることを予定したものと解され、又、保安林を恒久的に森林でなくするための手続きとしては、本来、保安林の解除が予定されており、保安林の指定又は解除の処分権者が農林水産大臣であるのに対し、保安林における形質変更行為の許可権者は都道府県知事であることなどからすると、法三四条二項によって許可をなし得るのは、原則として、森林としての状態をそのまま存続させ、又は一時的に右状態を失わせても将来元のような森林に復帰させることを予定した形質変更行為に限られ、林道の開設や恒久的構造物の建築等のような、部分的にせよ森林としての状態を将来にわたって失わせるような行為、すなわち、保安林の転用に係る行為については、原則として、法二六条の保安林の解除処分を行うことができるだけであり、法三四条二項によって許可を行うことはできないと解される。

3 解除可能な保安林の転用に係る行為についてされた形質変更行為の許可処分について

前述のとおり、原則として、法三四条二項による許可の対象となる形質変更行為には、保安林の転用に係る行為は含まれていないと解されるが、例外的に、当該保安林につき、法二六条の解除事由が存在し、法二七条以下の解除に必要な手続きも終了していた場合には、形式的には解除はされていないものの、実質的には当該保安林についての保安林の指定の目的は消滅しており、保安林の転用に係る行為につき形質変更行為の許可を行っても、当該保安林の指定の目的の達成に支障を及ぼすことはなく、又、このような場合には、解除権者である農林水産大臣の、当該保安林につき解除を行うという意思が明確であり、右のような許可を行っても、都道府県知事が農林水産大臣の解除の判断権を侵害するとはいえない。したがって、保安林の転用に係る行為について、解除を行うべきなのか、形質変更行為の許可を行うべきなのかという、手続の選択の問題はひとまず措き、少なくとも、当該形質変更行為の許可処分には、取り消し得べき違法性はないと解される。

4 法二六条の保安林の指定の解除事由について

法二六条は、保安林の指定の解除事由として、保安林の指定の理由の消滅(一項)及び公益上の理由による必要の発生(二項)を規定している。ところで、保安林が潮害の防備に果たす役割は大きいということはできるけれども、後に述べるようにその機能には限界があり、保安林の指定制度が目的とする各種の利益の達成はおのずから制限されたものとならざるを得ない一方、右制度が強度の財産権の制限を伴うものであること、保安林の指定の際には、必ずしも目的達成のために必要最小限度の範囲でのみ指定がされているわけではないと考えられることに鑑みると、保安林の解除事由の存否については、保安林の指定制度により図られる利益とそれによりもたらされる不利益との比較考量の見地から判断すべきである。そして、法二六条二項にいう「公益上の理由により必要が生じたとき」に該当する公益性とは、その存在が肯定される限り、保安林の指定が解除された場合、保安林によって周辺住民等が保護されている具体的利益が侵害される蓋然性が高い場合であっても、なお解除が可能であるような場合を指す。そこで、法二六条一項の指定の理由の消滅に該当するとまではいえないものの、それに準じる程度に、保安林の指定の理由が乏しい場合には、右に述べた内容の公益性は認め難いときであっても、一般的な意味での公共性がある程度は認められるとすれば、法二六条自体により、保安林の指定の解除を行うことができると解される。

5  本件解除予定保安林についての法二六条の解除事由の存否

以上のとおりであり、本件においては、本件解除予定保安林につき、法二六条の要件が満たされているか否かを検討すれば足りることになるので、以下、この点につき検討する。

(一) 本件解除予定保安林の転用に係る事業が公共性を有しているか否かについて

法二六条二項の要件に該当する場合には、行政庁内部の取扱いはともかくとして、法の解釈上は、何ら代替施設を設置することなく、保安林の指定の解除が行えることになるが、このような取扱いが許される場合は限定されており、そこでいう公益上の理由による必要とは、一般的な意味での公共性では足りず、保安林の指定の理由を上回る高度の公益性がある場合をいうと解される。ところが、シーガイアの本質は観光娯楽施設であり、それが仮に地域経済の活性化の一助になるとして、保安林の指定の解除による被害の蓋然性を考慮することなくこれを行うことが許されるという意味での公益性を備えているとみることは困難である。ただ、リゾート法の趣旨・目的は、「ゆとりある国民生活のための利便の増進並びに当該地域及びその周辺地域の振興を図り、もって国民の福祉の向上並びに国土及び国民経済の均衡ある発展に寄与する」(リゾート法一条)というものであり、その内容は抽象的・一般的なもので、潮害防備保安林としての本件解除予定保安林が存在することにより守られている近隣住民の生命、身体、財産という重要かつ具体的な利益に比べれば、その重要性の程度は相当程度低いものといわざるを得ないけれども、シーガイアの建設を目的とする都市計画公園事業は、都市計画法五九条四項による都道府県知事の認可を受け、リゾート法五条に基づく基本構想としての主務大臣の承認を受けており、同法七条、一五条の趣旨も考慮すると、シーガイアの建設・運営は、単に特定個人の利益のみを目的とした事業とは異なり、ゆとりある国民生活のための利便の増進及び施設周辺地域の振興・発展に寄与するという目的を持った、一定の公共性のある事業と認められる(原告らは、フェニックスリゾートが営利を目的とした私企業であることを強調しているが、事業に公共性があるか否かと、事業主体が私企業か否かとには直接の関連性はない。)。したがって、本件解除予定保安林については、法二六条一項の保安林の指定の理由の消滅の場合に準ずる程度に、指定の理由が乏しいといえるか否かが問題となる。そこで、以下において、本件解除予定保安林につき保安林の指定が解除された場合の影響について検討する。ところで、本件保安林は潮害防備保安林であるから、津波・高潮、塩害・潮風害のそれぞれについて、以下、検討する(なお、高潮については、津波について検討したところをもって足りると解される。)

(二) 本件解除予定保安林を除く本件保安林(以下「本件残置森林」という。)、本件県有保安林及び一ツ葉有料道路(以下、これらをまとめて「本件残置森林等」という。)の津波に対する機能について

(1) 被告は、保安林による津波の流速とエネルギーの減少に関する理論式を用いた計算結果を基に、本件残置森林等は十分な防潮機能を有していると主張しているので、まず、この点について検討する。

被告の主張は、乙第六〇、第六一、第六四、第六九号証等を根拠にするものであるが、これらの証拠自体の中に、保安林による津波の流速とエネルギーの減少を理論式を用いて定量的に把握することは困難であることが触れられており、右各証拠の作成者の一人でもある証人石川政幸の証言中にも同趣旨の部分がある。すなわち、海岸に到達したある波高の段波状の津波が、海岸の斜面に沿ってはい上がり、保安林に流入し、保安林を通過する間に次第に減少するという現象を連続した物理現象として説明することは、現在の海岸工学の知識では不可能に近く、津波の研究は、現象をごく基本的な定性的事象として把握し、ある区間内でモデルを設定して計算を行い、その結果を実際に照らし合わせて説明するという手段を取らざるを得ない。樹幹の水流に対する抵抗は、水中に立てられた円柱の抵抗で近似され、この場合の抵抗係数は多くの実験によって確かめられ、又理論式も求められているが、保安林のように円柱が群状に並んで立っているとみなされる場合の水流の抵抗とそれに伴う流速の減少は、理論的取扱いが困難であり、さらに、保安林の陸側における地盤上の津波による浸水深(以下「浸水深」という。)がある程度以上に達すると、樹木が被害を受けることも考慮に入れなければならない難しさがある。

波高(厳密な意味は後述する。)が保安林の樹高を越えない津波については、保安林による流速とエネルギーの減少を計算する理論式(以下「小山理論」という。)が求められており、他に適当な理論式がないのが現状であるが、甲第五八号証によれば、小山理論は、保安林に侵入した津波の波高がその後も一定であることを仮定するという理論的欠陥を有していることが認められる。右の欠陥に鑑み、乙第六九号証では、小山理論を縮小模型を用いた実験結果(以下「中野実験」という。)に照らして修正した理論をも用いているが、甲第五八号証によれば、中野実験については、実験結果を現地に適用する際にいかなる力学的相似則を用いるべきかが解明されておらず、結局、修正後の小山理論も、これを用いて実際の保安林の防潮機能を論ずるに十分な信頼性を有せず、又、中野実験以外には、保安林の防潮機能に関する実験結果は存しないのが現状であると認められる。

(2) 右のとおり、現時点の科学水準からすると、本件残置森林等が津波に対する十分な防潮機能を有しているかどうかを理論式を用いた計算結果によって定量的に把握することは困難である。しかし、指定の理由の消滅による保安林の解除を予定している森林法の解釈として、右のような理論的な計算によらなければ、指定の理由の消滅による保安林の解除が行えないとするのは相当ではなく、指定の理由が乏しいか否かが問題となる場合はなおさらであると解される。

ところで、乙第六〇、第六一号証、河合英二・石川政幸の各証言及び弁論の全趣旨によれば、保安林は、その性質上、津波に対する耐久性には限界があり、又、津波の流速を減弱させつつ、その水を後背地に流して通すものであって、強大な津波に対して、そのもたらす被害を十分に防備する機能を有しているものではないことが認められる。すなわち、保安林とは、いかなる津波に対しても、その被害を十分に防備できるというものではなく、社会通念上、保安林として期待される程度に、津波のエネルギーを減少させることがその機能・目的であると考えられる。小規模な津波であれば、ほぼ完全にそのエネルギーを消滅させ、後背地に被害を及ぼさないことが期待されるであろうし、極めて大規模な津波であれば、保安林により津波のエネルギーは減少したが、なお少なからぬ被害が後背地に及ぶことも止むを得ないといえる。そして、保安林が、社会通念上、保安林として期待される機能を有しているか否かについては、具体的には、津波及びその被害の基本的機序、保安林の津波に対する防潮機能の基本的機序と過去の津波の災害事例の解析的検討から合理的にいえるところに照らして、当該保安林及びこれと一体をなす他の保安林の面積、林帯幅、形状、平均樹高、立木密度、平均胸高直径、周辺の地形や土地利用状況、当地における津波発生の危険性、防潮施設の構造、形状、強度等を総合的に判断して、当該地域において合理的に想定し得る程度の津波のエネルギーを、その程度に応じて減少させる機能を有しているか否かによって判断されるべきである。

(3) 津波及びその被害の基本的機序(甲第五号証、第一七ないし第二〇号証、第三二、第三三、第三五号証、乙第六〇、第六一、第六九号証、証人羽鳥徳太郎の証言、弁論の全趣旨)

ア 津波発生のメカニズム

津波は、断層運動による海底面の鉛直変位、すなわち海底地震によって発生するが、外洋から海岸に向かって進行する津波は、まず陸棚での反射によってそのエネルギーの一部が失われ、残りのエネルギーを持った波は屈折しながら海岸に向かって進行する。津波は地震のマグニチュード(M)が六以上になると発生し、地震が大きくなると津波も大きくなる。津波の高さは海岸線の地形と密接な関係がある。津波は、沿岸に到達すると遡上を生じ、津波が平坦な斜面を遡上するときは、砕波、巻き波、段波などの形をとるが、海岸に家屋や樹木などの障害物があれば、一層複雑な波となる。津波が河川に沿って遡行するときには、思いがけない奥地まで到達して被害を及ぼすことがある。

イ 津波の規模

津波の規模は津波マグニチュード(m)で表され、mはマイナス1から4までの6段階があり、それぞれの内容は以下の通りである(なお、津波の規模を表す尺度として、波高、遡上高、痕跡高が使用されることがある。波高とは、津波が沖合にある場合には、平常潮位を基準として、そこから波の山までの距離をいい、海岸に達し遡上直前の状態においては、平均海水面(MSL)からの波の高さである。又、遡上高とは、津波が陸地にはい上がって遡上現象を生じた際の最高地点の海面からの高さをいい、これは痕跡高と同じ意味である。)。

m=マイナス1 海岸における波高五〇センチメートル以下、検潮器で観測される程度で無被害である。

m=〇 海岸における波高一メートル前後で、漁船・水産施設に被害が出る。一〇〇キロメートルの範囲で波高五〇センチメートルから八〇センチメートルとなる。

m=1 海岸における波高二メートルから三メートルで、海岸の低地にある家屋が浸水被害を受け、船舶が流される。二〇〇キロメートルの範囲で一メートル程度の波高がある。

m=2 海岸における波高四メートルから六メートルで、多数の家屋が流出・浸水し、三〇〇キロメートルの範囲内で1.5メートル程度の波高がある。

m=3 海岸における波高一〇メートル前後、局地的に一五メートルから二〇メートルに達し、四〇〇キロメートルの範囲内で2.5メートルの波高があり、顕著な被害が出る。

m=4 海岸における波高二〇メートル前後、局地的に三〇メートルに達し、五〇〇キロメートルの範囲内で約四メートルの波高があり、甚大な被害が出る。

ウ 日本における過去の津波被害

日本最大級の津波とされているのは、一七〇七年の宝永津波であり、この津波マグニチュードはm=4と考えられている。また、一八五四年に発生した安政東海津波と、一九八三年に秋田県等に大きな被害をもたらしたいわゆる日本海中部地震の際の津波マグニチュードはm=3、一九二三年の関東大震災の津波はm=2である。一ツ葉地区は、遠浅の大陸棚が陸地化した平坦な地形が広範囲に広がり、直線状の海岸線を有するという地形的要素を有するが、これと類似する地形的要素を有する地域に発生した津波については、一七〇三年に千葉県九十九里浜において発生した津波や、前記の日本海中部地震の際の津波などがある。九十九里浜においては、右津波による犠牲者の供養のために建立された供養碑が各地に残されているが、これらは、海岸線から1.5キロメートルから二キロメートルほどの内陸部に数多く点在しており、その中には海岸線から一〇キロメートル内陸部の同県茂原市に存在するものもある。日本海中部地震の際には、秋田県男鹿半島の北側の付け根の付近から青森県との県境付近までの南北約三〇キロメートルの海岸で波高一〇メートルを越す津波に襲われ、多数の死傷者が生じた。

エ 一ツ葉地区における過去の津波被害

一ツ葉地区周辺を含む九州東部沿岸についてみると、寛文二年(一六六二年)に発生した外所地震といわれる大地震に伴う津波が延岡から大隅に至る沿岸各地に被害をもたらしたが、宮崎市南部は特に被害が大きく、宮崎市木花周辺の七カ村の水田が浸水したという記録が残されており、大淀川、加江田川等の河口付近における波高は四メートルないし五メートルであったとされている。もっとも、海岸の砂丘が堤防の役目を果たしたため、沿岸を襲った津波は、それを乗り越えられず、大淀川等を遡上した津波が周辺にあふれ、そのため被害が拡大したものと考えられている。

オ 一ツ葉地区における将来の津波の予測

日本の太平洋沿岸及び沖合に起こるマグニチュード(M)が七以上の主なプレート境界地震の発生場所は、八つのグループに分かれており、一ツ葉海岸沖の日向灘地震域はその一つであるが、この地震域ではM=七の地震が平均七年位の間隔でしばしば起こることが知られている。

(4) 保安林による津波のエネルギー減少の基本的機序(甲第三、第二三号証、乙第六〇、第六一号証)

保安林の防潮機能のうち、津波に対する機能と効果は、①樹木が漂流物の移動を阻止し、移動によって生ずる二次的災害を軽減又は防止すること、②津波の波力を減殺して流速やエネルギーを低下させ、その破壊力を弱めること、③跳波による破壊力を軽減又は防止すること、④波にさらわれた人がすがり付いたり、ひっかかる対象となること、⑤強風による砂丘の移動を防いで海岸に高い地形を保ち、それが津波に対する障壁となって海水の侵入を阻止することに大別される。②は、海岸の斜面を遡上する津波の流速を、反射波の発生、斜面の凹凸、クロマツ幼齢林の流れに対する抵抗などによって減少させ、林帯を通過した後には流路断面が急増することにより、浸水深を浅くして流速を減少させる効果であり、保安林の津波に対する防潮機能は、主としてこのような津波の流速減少効果による。

このように、保安林には、津波・高潮が森林を通過した後に、それらの流路断面を急増させることにより水位を下げて流速を緩和させる機能があるから、比較的幅の狭い林帯を適当な間隔をおいて何段にも配置し、森林内では樹幹と海水の摩擦により流速を下げ、森林を出た際に流路断面を急増させて流速を下げることを繰り返すことも、場合によっては効果的である。

(5) 過去の津波災害の解析的検討による保安林の林帯幅・林の厚み(樹幹の胸高直径の合計)と防潮機能の関係(乙第六〇、第六一号証)

一八九六年・一九三三年の三陸津波、一九四六年の南海地震津波、一九六〇年のチリ地震津波、一九八三年の日本海中部地震津波の際の過去の津波被害を調査して、防潮林の林帯幅あるいは林の厚みと防潮林の効果との関係を解析したところによると、まず、防潮林の林帯幅との効果の関係は、津波の浸水深によって異なり、林帯幅が二〇メートル以上の領域では、浸水深が三メートル程度であっても十分な流勢緩和効果が期待でき、林帯幅が三〇メートル以上の領域では浸水深が五メートル程度の場合にも流勢緩和が期待できる。防潮林の厚みと効果については、林の厚みと下層木の密生度に左右される。これらを総合すると、浸水深が三メートルのときに流勢を緩和するには、林帯中の樹木の平均胸高直径は一〇センチメートル程度以上、林帯幅は三〇メートル以上必要であり、浸水深が三メートル以上の場合には、林帯幅は六〇メートル以上必要である。

(6) 保安林と防潮施設の併用による防潮機能(乙第六〇、第六一号証)

保安林は単独でも効果はあるが、保安林だけでは海水の侵入は阻止できず、林帯幅が相当に広くても、大きな津波に対する効果はおのずと限界があり、防潮堤、防潮施設を併用することによって、初めて津波の強大な波力に対抗できるものと考えられる。

(7) 本件残置森林及び本件県有保安林の面積、林帯幅、形状、平均樹高、立木密度、平均胸高直径、周辺の地形・土地利用状況等(争いがない事実及び乙第三ないし第六号証、第五八号証の一、第六六号証)

既に述べた本件保安林、本件解除予定保安林の各面積からすると、本件残置森林の面積は87.7723ヘクタールとなる。本件県有保安林の面積は68.2890ヘクタールである。本件県有保安林の林帯幅は、一ツ葉有料道路の西側につき、一二六メートルないし二三五メートル、平均で一八〇メートル程度であり、一ツ葉有料道路の東側につき、平均して約二〇メートルである。

本件解除予定保安林は多数の解除予定区域からなるが、右区域のうち、ゴルフコースとなる予定の区域は、南北の林帯方向に平行な細長い帯状をなしており、各区域は適当な間隔をおいて配置され、本件保安林の特定部分に集中しないようになっており、ホテル、ウォーターパーク等の堅固な建築物の予定地となる区域も概ね林帯方向に平行に配置されている。本件残置森林は、本件保安林の外縁の林帯を保ちつつ、本件保安林の内部に比較的幅の狭い林が何段にも現れる形状になっており、その林帯幅の合計は本件保安林全体の林帯幅の半分弱程度は残されている。本件県有保安林の林帯幅は、テニスコート・コンドミニアム付近とゴルフ場付近では一五〇メートル以下程度であり、比較的林帯幅が狭いが、右区域のうち、テニスコート・コンドミニアム付近については、解除予定区域の後背地に林帯幅五〇メートル程度の国有保安林が残されており、ゴルフ場付近については、個々の林帯幅は狭いものの、合計すれば一〇〇メートル程度の林帯幅になる残置森林がある。

立体駐車場とゴルフ場クラブハウスの間を通り海岸線に垂直な線分による本件保安林と本件県有保安林の断面における平均樹高、立木密度、平均胸高直径は、それぞれ、7.6メートル、二五三四本/ヘクタール、一〇センチメートルであるが、当該断面部分は、他の地域に比べて平均樹高が高い部分であるから、立木密度、平均胸高直径も、本件保安林及び本件県有保安林全体の数値よりも、若干高い数値を示していると解される。全国七七五か所の海岸保安林の平均胸高直径は14.7センチメートルである。本件県有保安林の全体の平均樹高は六メートル程度であるが、海岸側から内陸側にしたがって樹高が高くなっており、一ツ葉有料道路より東側の部分は、平均樹高が二メートル以下程度であり、西側は、場所によって、平均樹高八メートル以上の部分と、同六メートル以下の部分とがある。

本件保安林及び本件県有保安林の存在する地域は、地形的にはほぼ平坦であるが、北西側には標高一五メートル程度の台地状の部分がある。海岸線はほぼ直線状に延びており、本件保安林及び本件県有保安林中には、小規模な排水路を除いて、日向灘に流出する河川は存在しない。

(8) 防潮機能を有する一ツ葉有料道路の構造、形状、強度等(甲第二四号証、乙第三五号証、第五八号証の一及び二、第五九号証の二、弁論の全趣旨)

一ツ葉有料道路の海面からの高さは、7.4メートルから10.1メートル、平均して八メートル程度であり、幅員は約二五メートルであって、その構造は主としてコンクリート製の堅固なものである。一ツ葉有料道路の下をくぐるように、所々、通路や排水路用のトンネルが開いている。

(9) 一ツ葉地区に発生する蓋然性のある津波の規模(甲第三、第二二、第三二、第三五号証、乙第六一、第六九号証、羽鳥徳太郎の証言)

前述したとおり、最大級の津波の規模はm=4であり、この場合には、海岸における波高が約二〇メートルに達し、局地的には三〇メートルを超えるところもあるが、将来日向灘において、大地震が発生し、それに伴う大津波が一ツ葉地区を襲う可能性がないとはいえない。ところで、海岸における波高は、津波の性質のみならず、海岸の地形と密接な関係があり、波高が三〇メートルに達するのは、湾形がV字形をなすような地形の場合であって、海岸線に凹凸がない場合には最大波高は一二メートル程度であるとの研究例がある。又、日本海中部地震が襲った秋田県北部地域は、平滑な海岸線が約五〇キロメートル以上も続く砂浜海岸であり、一ツ葉海岸と類似性を有するところ、多くの報告を総合すれば、日本海中部地震の際の津波の海岸における波高は、局所的には約一四メートルに達したところがあったものの、概ね一〇メートル程度であったと考えられる。秋田県北部地域と一ツ葉地区の地形的類似性からすると、一ツ葉地区についても、日本海中部地震津波と同程度の大規模津波が来襲する蓋然性があるといえる。

(10) 保安林による津波のエネルギーの減少についての理論式による計算例(乙第六〇、第六一号証。理論式に基づく計算結果を過大に評価することのないよう注意すべきことは前述したとおりであるけれども、参考資料として使用すべきことを否定すべき理由はない。)

胸高直径0.2メートル、林分密度二〇〇〇本/ヘクタール、流速毎秒一〇メートル、樹幹の抵抗係数1.0とした場合の小山理論による計算結果では、津波の速度は侵入距離とともに指数関数的に減少し、林帯幅が四〇メートルもあれば、林の後縁では前縁における速度の五〇パーセントになり、津波エネルギーは一〇パーセントになる。又、中野実験をも考慮に入れると、津波の水勢を減少させ、破壊力を相当程度低下させるためには、林帯幅は三〇メートルから四〇メートル、大地震による津波の勢力も考慮に入れると六〇メートルから七〇メートルは必要であることになる。

(11) 日本海中部地震津波による秋田県北部地域の被害

前述したとおり、一ツ葉海岸については、日本海中部地震津波と同一程度の大規模津波が来襲する可能性を否定することはできないので、右津波が、どのような地形、地上構成物の存在する地域で、いかなる被害を及ぼしたのかについてみることとする。

甲第二一、第二二、第三二、第三五号証によれば、日本海中部地震津波による最大遡上高は秋田県峰浜村において記録された約一四メートルであるところ、男鹿半島の北部の付け根に位置する八竜町釜谷から青森県との県境に近い八森町椿台までの約三〇キロメートルの海岸(峰浜村はこの地域に含まれる。)線には、それに平行して走る高さ約一〇メートルの天然砂丘があったこと、津波は右砂丘を越えはしたけれども、砂丘によってその勢力を減弱されたため、津波が集落に迫ることはなかったこと、しかし、この海岸砂丘は、峰浜村付近において、南から竹生川、塙川、水沢川という三本の河川に沿って中断されており、波高一〇メートルを越える津波は、これらの川筋に沿って遡上し、砂丘背後の地域に侵入して、被害を拡大させたこと、右砂丘による防潮効果があったとはいえ、河川が存在する付近以外の、林帯幅数百メートルの保安林が海岸線に沿って切れ目なく存在する地域においては、津波による冠水地域は、概ね海岸線から三〇〇メートル程度の範囲に収まっていること、がいずれも認められる(なお、原告らは、日本海中部地震津波の際の秋田県峰浜村の被害状況につき、海岸に近い保安林は津波により倒壊し、倒壊を免れているのは海岸線から五〇〇メートル程度以上内陸部の保安林であり、又、海岸線から六〇〇メートルほど内陸部の標高六メートルないし七メートルの地点で農夫が溺死していると主張しているが、峰浜村の事例において、海岸線から五〇〇メートルほどの内陸部まで保安林が倒壊しているという事実を認めることはできず、又、甲第三二、第三六号証、羽鳥徳太郎の証言によれば、前記農夫が溺死した地点は、保安林が切れ目なく存在する地点ではなく、塙川流域であったことが認められる。)。

(12) 本件残置森林等の津波に対する機能

以上(3)ないし(11)において認定した諸事情を総合考慮すると、本件県有保安林と本件残置森林の平均胸高直径が小さいことから、防潮機能を発揮するために必要な林帯幅は通常より大きくなければならないところ、本件県有保安林の林帯幅が一二六メートルないし二三五メートルであり、平均で一八〇メートル程度であること、本件保安林全体の林帯幅が約二五〇メートルないし約六〇〇メートルであり、本件残置森林の林帯幅の合計は本件保安林全体の林帯幅の半分弱程度残されていること、本件解除予定保安林の部分については、森林と海水の摩擦による流速緩和機能は失われるものの、本件残置森林は、流路断面を急増させることにより水深を低下させて流速を緩和させる機能を有する、比較的幅の狭い林帯が連続的に現れるという形状を有していること、一ツ葉有料道路や本件保安林内にある標高一五メートル程度の台地、高層ホテル・ウォーターパーク等の堅固な建築物の存在、内陸部への津波の被害を増大させるおそれのある河川の不存在などの諸要素を、日本海中部地震津波などの過去の津波災害の解析的検討結果に照らして合理的に判断すると、本件残置森林等は、社会通念上、潮害防備保安林として期待されるべき津波のエネルギー減少機能を十分に有していると考えられる。又、右の検討結果は、小山理論を用いた計算結果や中野実験の結果にも矛盾しないといえる。

(三) 本件残置森林等の塩害・潮風害に対する機能について

(1) 保安林の塩害・潮風害に対する機能(乙第三五号証、証人河合英二)

塩害は、海の波が海岸の岩などに衝突する際に海水に含まれる塩分が空中に飛散し、それが潮風に乗って内陸側に運ばれることによって生じる。空中塩分は内陸に運ばれるにしたがって自然に落下し、海岸からの距離に対して徐々に減少するところ、クロマツなどの海岸林は、葉に空中塩分を付着させる空中塩分捕捉機能を有している。又、海岸林は、その存在によって潮風を弱める機能を有するが、このような防風機能は、塩分を含んだ潮風が内陸に伝わることを阻害することにより、塩害を減少させる機能も有している。

毎秒一〇メートルの風速で運ばれた空中塩分粒子は、重力により地上に落下することによって、その大部分が海岸から三〇〇メートル以内で失われ、五〇〇メートルでは約五分の一に減少し、一キロでは一〇分の一程度になる。結論的に、空中塩分捕捉機能と潮風害防備機能に関しては、海岸線側に二〇〇メートルから二五〇メートル程度の林帯を残し、海岸林の全体幅が確保されていれば、社会通念上、潮害防備保安林として期待されるべき機能はほぼ十分であるといえる。

(2) 本件残置森林等の塩害・潮風害に対する機能

前記(1)認定の事実からすると、本件残置森林等の全体の林帯(平均三〇〇メートル程度)は、塩害・潮風害に対する潮害防備保安林として通常期待されるべき機能を十分有していると認められる。なお、塩害については、甲第三号証によれば、暴風の際には海岸から四キロメートルないし五キロメートルの内陸部にも多くの塩分の付着が認められた旨の研究報告があった事実が認められるが、元来、保安林には、稀に生じるような暴風の際に内陸部へ空中塩分が飛来するのを防止する機能までは期待されていないと解するのが相当である。潮風害については、乙第五六、第五七号証、証人日比一喜によれば、シーガイアの諸施設のうち、高層ホテルやウォーターパークなどは、周辺の風環境に影響を与える可能性があるが、右影響は本件保安林の外部には及ばないことが認められる。

(四) 原告らの指摘について

原告らは、本件残置森林等が十分な防潮機能を有していないことの根拠として、一ツ葉有料道路の防潮機能等に関する具体的な主張をしているので、以下、右主張が採用できない理由を説明する。

(1) 一ツ葉有料道路の防潮機能について

原告らは、一ツ葉有料道路の側面にある通路や水路用のトンネルの部分に津波が集まり、そこから森林内に津波が一気に流入して保安林を倒す可能性があると主張している。しかし、甲第二四号証によれば、通路用のトンネルは二メートル四方程度、水路用のトンネルは直径一メートル程度のものであり、一ツ葉有料道路の側壁は海岸線に沿った直線状の形状をしており、これらのトンネルの部分の周辺の側壁に衝突した津波の水が、トンネルの部分に集まりやすい形状をしているわけではないと認められる。したがって、これらのトンネルを通過するのはトンネルの部分に直接侵入した津波及びそのごく近接した部分に衝突した津波に限られ、津波全体のうちのごく一部分であると考えられることから、原告らの主張する点は、津波対策上の問題を生じないといえる。

(2) 日本海中部地震の際の津波被害について

原告らは、昭和五八年(一九八三年)の日本海中部地震の際に秋田県能代市沿岸に津波が侵入したときの状況をみると、海岸線で五メートル程度の波高の津波が海岸線から一九二メートルの地点まで八メートルの波高で樹木を押し倒し、右地点から先の樹木が津波に対して抵抗を示しており、海岸から四〇一メートルの地点でも水深は0.6メートルであったから、仮に、海岸における波高八メートルの津波が侵入したとすると、海岸から四〇一メートルの地点でもなお相当の破壊力を有することが容易に想像できると主張している。

しかし、乙第六〇、第六一号証によれば、右事例の場合は、防潮施設あるいは一ツ葉海岸のような防潮機能を果たす道路等が全く設けられていなかったことが認められ、又、海岸から四〇一メートルの点で水深が0.6メートルあったといっても、本来、保安林とは津波の水を背後地に流して通すものであり、津波の水が後背地に流れ出ることを防ぐ機能は有しておらず、その流速を緩和してエネルギーを減殺することが目的・機能なのであり、右事例においても保安林の後背の建物には被害がなかったというのである(乙第六〇号証)から、むしろ、保安林が相当な防潮機能を発揮したといえる。したがって、日本海中部地震津波の被害に照らして、本件残置森林等の防潮機能が不十分であるということはできない。

(五)  以上のとおり、本件解除予定保安林については、本件許可処分の時点において、保安林の指定の理由が消滅した場合に準じる程度に保安林の指定の理由が乏しくなっており、かつ、本件解除予定保安林の保安林指定を解除することについては、一定の公共性も認められるから、右時点において、法二六条により、本件解除予定保安林の保安林指定を解除することができたと認められる。したがって、本件許可処分には、取り消し得べき違法性はないというべきである。

6  本案に関する原告らのその他の主張について

(一) 以上のとおり、原告らの主張は理由がないのであるが、本件許可処分の適否に関する原告らのその余の主張についても、以下、判断を示しておくこととする。

(二) 原告らは、本件許可処分は、平成二年六月一一日付け林野庁長官通達に適合しないと主張しているが、行政庁の通達に適合するか否かは、本件許可処分の適法性とは直接的な関連性を有するものではなく、右主張は採用できない。

(三) 原告らは、シーガイアの建設は、都市計画法に基づく都市計画公園事業として行われるものであるが、その出発点として、リゾート法に基づく「宮崎・日南海岸総合保養地域の整備に関する基本構想」の主務大臣による承認があり、右承認と、保安林の指定の解除、国有財産の使用許可処分、保安林内における形質変更行為の許可処分(本件許可処分)、都市計画公園事業の認可といった一連の行政処分は、右リゾート法に基づく基本構想の承認に合致していることを前提条件にしているところ、右基本構想の中には、自然環境の保全に十分配慮すべきことなどを定めた環境配慮条項が存在し、右条項に基づき、行政庁には環境影響評価義務が存在するが、本件においてされた環境影響評価は質量共に全く不十分なものであるから、環境影響評価義務を果たしたとはいえず、本件許可処分を含む一連の手続きには、前記基本構想に合致しないという瑕疵があり、本件許可処分は違法であると主張している。しかし、行政庁において環境影響評価をすべき法的義務があるとすべき根拠はなく、原告らの主張は、その前提において理由がない。

(四) 本件許可処分に先立って行われた環境影響評価について

原告らは、被告には、本件許可処分をするにあたり環境影響評価を実施すべき義務があるにもかかわらず、現実にされた環境影響評価の内容は著しく不十分なもので、したがって、被告には右義務を尽くさないまま本件許可処分をした違法がある旨主張している。

本件リゾート開発計画のような大規模開発を行うにあたっては、それが周辺環境に及ぼす影響をできる限り科学的かつ厳密な方法で調査検討すべきことは、昭和五九年八月二八日閣議決定「環境影響評価の実施について」や本件許可処分の後に施行された法律ではあるが平成五年一一月一九日施行の環境基本法の趣旨にも合致し、また、事業に公益性があることを標榜する以上、事業が環境にもたらす影響の評価を十分に行うことが望ましいことはいうまでもない。しかし、前述のとおり、本件許可処分をするにあたり、被告が自ら又は事業者をして環境影響評価を実施すべき法律上の義務があるとすべき根拠は存在しないから、原告らの前記主張は理由がないものである。ただし、本件解除予定保安林につき解除事由があるかどうか、すなわち、解除した場合に周辺住民の生命、身体、財産に悪影響を及ぼすおそれがあるのかどうか、あるとしてその程度はどのようなものであるのかといった点については、本件許可処分をするにあたり被告において厳密に調査・検討すべきものである。本件については、宮崎県林務部が、本件保安林の潮害防備機能に対する影響をも含めた環境影響評価を財団法人林業土木コンサルタンツに実施させ、平成二年一月、「一ツ葉地区リゾート開発に伴う環境影響評価報告書」と題する四〇〇頁を越える報告書が作成されている(乙第三五号証)。この報告書においては、開発(本件解除予定保安林の立木の伐採)が周辺地域の潮害防備に及ぼす影響のうち、塩害については、比較的詳しく調査検討されているけれども、周辺住民の生命、身体に重大な影響を及ぼすおそれのある津波、高潮に対する防備機能については、中野実験の結果によると、波高五メートル程度の高波のときは最小限三〇ないし四〇メートルの林帯幅が必要であるとされていること及び既往の災害調査の結果では、防潮林の幅は五〇メートル以上が必要とされていることを根拠として、「(海水の浸水被害に対する)効果を期待するためには、世代更新に要する幅を考慮して約一〇〇メートル程度の林帯幅が必要とされているが、一ツ葉有料道路の内側でも一〇〇メートル以上の林帯が確保されており、また、海岸林の全体幅(四〇〇〜九〇〇メートル)が確保され、七〇パーセント程の森林が残されるような利用の方法の場合は、防潮機能に及ぼす影響は小さいと考えられる。なお、海岸線に沿って走る一ツ葉有料道路は、標高六メートルから一〇メートルの高度を維持しており一定の防潮機能(防潮堤)を果たしているものと考えられる。」との記載があるのみであって、科学的調査に基づいた専門的判断がされているとはいい難い。津波や高潮といった災害については、稀にしか発生せず、海底や海岸の地形、津波等の程度によって被害の程度が大きく異なり、海岸林の防潮機能についても、その理論的解明が十分なされているとはいい難い学問状況であることを考慮に入れても、一旦発生した場合の災害の大きさを勘案すると、本件開発計画においても、本来であれば、開発計画の決定段階においてできる限りの調査検討(保安林の防潮機能に関する理論式を用いた定量的検討が必要であったという趣旨ではない。)がされるべきであったというべく、それらの事項が、本件訴訟の審理過程において初めて十分に検討されたとのそしりを免れない。

しかしながら、先にのべたとおり、結論的には、右の手続的不十分さは本件許可処分の瑕疵となるものではない。

第六  結論

以上のとおりであり、原告福留實及び同図師サエノを除く原告らは、いずれも原告適格を有しないから、行訴法九条により、右原告らの本件各訴えをいずれも不適法として却下し、原告福留實及び同図師サエノの本件各請求は、いずれも理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤誠 裁判官西田時弘 裁判官重富朗は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官加藤誠)

別紙図面(一) 保安林解除予定区域図〈省略〉

図面(二) 現住所及び事業区域との距離〈省略〉

図面(三) 保安林位置図〈省略〉

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